ひるあんどん

2018.07.11地震について第1回

記事作成者:
富岡直人
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 地震について日本で記録が残されているのは、日本書紀です。

 この頃は地震と書いてなゐふる」と呼んでいたそうです。

 「なゐ」は元々大地のことで、後に地震のことを示すようになります。「なゐふる」で地震が起きる、とういう意味になったということです。

 日本書紀といえば、奈良時代に書かれた歴史書であり、ここで書かれている以上、古くから地震と日本人には付き合いがあったことが分かります。

 このことは、生活にも反映されており、江戸時代の五街道と言われた東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道のうち、海の近くを通る街道は、最終的に地震の津波が到達したラインよりも内陸側に形作られていたことが知られていますし、古くからある神社・仏閣は地震の被害を受けにくい場所に作られているものが多い、などのことが知られています。

 一方で、市街地は日常生活での利便性が優先されており、低地にある平野に築かれていることが多いのです。城下町が築かれる際に水運が重要視されたことから、河川や運河も整備されています。人の手が入った地盤は、周囲の自然地盤に比べると、経過年数の短い落ち着いていない地盤ということになります。そしてこうした地盤は地震時に揺れやすいという特徴を持っています。

 歴史の新しい都市にはつきものである地震時の弱さは、河川や海を利用することを考えている日本における新興都市の宿命なのかもしれません。

続く


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